東京地方裁判所 昭和37年(ワ)2498号 判決
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〔判決理由〕(本件特許発明の構成、作用効果)
二(一) 本件特許発明がつぎのことを要件として構成されていることは、当事者間に争いがない。
(イ) 案内部に収まり通常は弾力的な仕組で静止位置に保持される各々頭のついたピン束を備えていること
(ロ) 往復運動を行うハンマーが弾力的な仕組と拮抗して働くべき緩和の仕組を挾んでピンの頭に作用すること
(ハ) ハンマーがピンに作用する如く往復することによつて振動衝撃を与えて錆を除去するピンの尖端が錆を除くべき表面に密接する如く組み立てたこと
(ニ) 以上を特徴とする錆部に機械的に作用して金属体より錆を除去する装置
(二) そこで、まず前記(ロ)の要件について、そこにいう緩和の仕組とは被告の主張するようにさらに弾力性を利用したものであることが必要であるかどうかについて検討する。
<証拠>(本件特許公報)によれば、本件特許出願の明細書には緩和の仕組についての明確な説明を特に掲げていないけれども、同号証によれば本件特許出願の明細書における発明の詳細なる説明の欄に、「ピンは静止位置に弾力的に保持されている」、「ハンマーが緩和の仕組を媒介として夫々のピンに作用を及ぼす事によつてピンが金属の表面に振動衝撃を与へ金属表面の錆を叩き出し除去し得べくなし而もピンの尖端が目的の金属表面に接する如く組み立てられたものである」と記載されていることが認められる。また同明細書第1図の実施例について前記欄に「本装置の作動中はハンマー15は既述の如くに往復運動をするが、装置自体はパイプ、梁其他の錆を除去したい金属板の部分に出来る事ならば極僅かの圧力を使用するだけで、ピン12が金属体の部分に係合する如く固定する必要がある。かくして後にハンマーが急激に連続してピン12を叩くと、ピンの後端はゴムクッション13と弾力的に係合しているのでこの打撃がピン12を経て振動衝撃の形で金属体に伝達され、この結果金属体の相当個所にある錆の切片が叩き剥がされる事になるのである」との説明があつて、第1図としてハンマーとピンの頭とに挾まれてゴムクッョンのある装置を図示していることが認められる。さらに、第3図の実施例においては、ハンマーとピンの頭との中間位置には緩和の仕組と目せられるものはなく、ピンの尖端寄りに螺旋ばねを備えハンマーの打撃はピンの頭と案内板との係合を解放する構造の装置を示していることが認められる。
ところで、本件特許発明は、従来の機械的錆除去装置においては、処理面に凹凸があつた場合、凸部に接合するピンのみがハンマーの力を過大に受けるため、ピンが屈曲破損したり、処理面に損傷をきたしたり、あるいはハンマーの力が一部のピンのみに作用し、他のピンは作業の圏外におかれ、処理面の錆除去が完全に行われなかつたりする欠陥があつたのを解決しようとしたものであることは、被告の認めるところである。
以上の事実に<証拠>を参酌すると、本件特許発明にいう緩和の仕組とは、前記の欠陥を克服し処理面の形状に関係なくすべてのピンの尖端を処理面に接合させるための仕組であつて、個々のピンが処理面の凹凸にならつて自在の位置まで射出されるように、緩和の仕組は圧縮可能のもの(第1図の実施例のように緩和の仕組がハンマーとピンの頭との中間に位置している場合には、ピンの頭に従つて圧縮可能でなければならない。)であるか、または伸延可能のもの(第3図の実施例のようにハンマーによつてピンの頭の係合を解放する構成のものでは、ピンは緩和の仕組に内蔵されているエネルギーによつて射出されねばならない。)でなければならないし、同時にそれは、連続的な作動に応じうるため圧縮または伸延と復原とを繰り返すものでなければならないと認められる。この意味において、緩和の仕組は、それ自体がゴムクッションばね等弾性体のものであるか、または弾性を利用した仕組のものでなければならないと解されるのであり、明細書においてもこれを開示しているものと認られる。
原告は、緩和の仕組とはピンの尖端を処理面に一様に接合させるための仕組であれば足り、弾力性を利用したものに限られない旨主張する。しかし、<証拠>によると、本件特許出願前である昭和二三年五月一日国立図書館に受け入れられ、同年一二月二七日特許庁万国工業所有権資料館に受け入れられているアメリカ合衆国特許局のオフイシャルガゼットには、アメリカ特許第二三五六三一四号の抜萃が登載されており、同特許発明は多数のピンが保持筒内に自由に働くように装着され往復するハンマーでピンの頭に鋭い打撃を与えることによりピンを前方に飛び出させるように構成しハンマーの前端と保持筒の前部壁板との間に間隙を有する錆落し機に関するものであることが認められる。ところで、<証拠>によれば、この錆落し機はハンマーの打撃を受けたピンがすべて処理面に接合するものであるが、その手段として弾力性のあるものを用いていないことが認められる。この公知技術を考慮に入れるときは、本件特許発明の緩和の仕組は、前記のように、それ自体弾性体のものないしは弾性を利用したものに限られると解するのが相当である。証人Sの証言および鑑定人Sの鑑定の結果のうち前認定に反する部分は採用することができない。
(三) つぎに、前記(ハ)の要件について被告の主張するようにピン自体に振動衝撃を生ぜしめるよう構成されていることを要するかどうかについて検討する。
<証拠>によれば、本件特許出願の明細書における発明の詳細なる説明欄に「ハンマーが緩和の仕組を媒介として夫々のピンに作用を及ぼす事によつてピンが金属の表面に振動衝撃を与へ金属表面の錆を叩き出し除去し得べくなし」との記載があり、また第1図の説明として「ハンマーが急激に連続してピン12を叩くと、ピンの後端はゴムクッション13と弾力的に係合しているので、この打撃がピン12を経て振動衝撃の形で金属体に伝達され、この結果金属体の相当個所にある錆の切片が叩き剥がされる事になるのである。」との記載があることが認められ、第3図の説明として「振動衝撃がハンマー24から弾力構造の作用をうけているピンを媒介として金属体に伝達され、結局ハンマーの作用によつて金属体の錆附着物を除する事が出来る。」との記載があることが認められる。これらの記載によると、本件特許発明の装置において、ハンマーの打撃を契機としてピンはその軸線方向に往復して振動運動をなし、処理面に衝突して錆を除去するが、明細書にいう振動衝撃とはこの作用を表現したものに過ぎないと解される。このように、本件特許発明の装置においてピン自体が振動することはいうまでもないが、ピン自体に衝撃を生ぜしめる必要があるものとは到底解することができないから、被告の主張は採用の限りではない。<中略>
(本件特許発明と被告製品との対比)
四 原告は、別紙第二目録記載の被告製品が本件特許発明の技術的範囲に属すると主張する。
被告製品が、(1)頭のついたピン束、(2)ピン束を長軸方向に滑動しうるように装入した案内筒、(3)ピン束を静止位置に戻すためのばね(このばねがピン束を静止位置に保持するかどうかについては争いがある。)、(4)往復運動を行つてピンの頭に作用するハンマー、(5)ハンマーの打撃を受けてこれをピンに伝達する案内筒内を摺動可能にして胴部が案内筒よりやや短いアンビルを備えており、案内筒に嵌合したアンビルの前端と案内筒の前部壁板との間に空室の存在することは当事者に争いがない。そして、<証拠>に徴すれば、つぎの事実が認められる。
被告製品はハンマーの往復運動によりピンをピンの軸線方向に往復させ、ピンの尖端に接触する金属に衝撃を与えて金属の表面に附着する錆を機械的に除去する装置である。そのピンの尖端を錆を除くべき金属の処理面に押し当てないで適当の間隔を保つて作動した場合には、ハンマーが前進してアンビルの鍔を打撃すると、アンビルはまず案内筒をしてばねを圧縮して前進させ、ついで、案内筒の前進に関係なく元の位置にとどまつているピンの頭をアンビルの前端で叩いてピンを前方に射出し、ピンの尖端を処理面に衝突させる。ピンの尖端は時間的に多少ずれはあるがすべての金属の処理面に接合した上、個々に後退する。そして、ばねが案内筒を押し戻すとピンはその頭が案内筒にひつつかつて後退する。
以上の事実によれば、被告製品においてもピンの尖端は時間的に多少のずれはあるにしろ、すべて処理面に接合することは明らかである。しかし、被告製品の案内筒とアンビルより成るユニットはいずれも硬質の金属製の物体であつてそれ自体弾性体のものでないことはいうまでもなく、また、アンビルの前端と案内筒の前部壁板との間にある空室は外界と通じていて圧縮された空気がその中に封じ込められているというわけのものではないから、弾性を利用したものとみることもできない。被告製品においてハンマーの運動エネルギーはアンビルを介してそのままピンに伝えられるのであつて、その間に本件特許発明における緩和の仕組に相当するものを見出すことができない。したがつて、被告製品は本件特許発明にいう緩和の仕組を備えておらず、本件特許発明の(ロ)の要件を欠いていることが明らかである。<中略>
してみれば、別紙第二目録記載の被告製品はその他の点について判断を加えるまでもなく、本件特許発明の技術的範囲に属しないものといわねばならない。(古関敏正 吉井参也 小西礼)